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BIOGRARHY
KARMAは1999年にクロアチアのUmagでNenad Cirjak(NENO)とJosip Miani(PIPI)のユニットでスタートした。
彼らがボーカルを探しているときに、音楽教師で合唱団の指揮者であったMirela Zemcakと出会う。
Mirelaは主に曲作りを担当していたが、1stアルバムではボーカルとしても参加している。
後にTARAがリードボーカルとしてグループに参加することになる。

KARMAの1stシングル、「Reci mi ne」はダンスパーティー好きやクラブ・ラジオDJの間で広く知られることとなる。
さらに一般のファンからの反応もよく、彼らの目指す方向性が正しいということを裏付けることとなった。
2ndシングルでPrljav Kazalisteのヒット曲のカバーである「Zaustavite zemlju」は、クロアチアのダンスミュージックシーンに、Gigi D'Agostino, Eiffel 65やMollelaといった各国を代表するグループに匹敵するクオリティーをもたらそうという試みであった。
3rdシングルのビデオクリップ「Bio si mi sve」も見事にヒットし、一般にも彼らの活動はよく知られるところとなり、このクロアチアの新星ダンストリオにますます注目が集まることとなった。

1stアルバムの発売直前に彼らは「Sedam dana」で挑んだ2001年のSplit Music Festivalで最優秀編曲賞を受賞している。
その直後にアルバム「Sedam dana」は発表されて、アルバムは16曲+1リミックスで構成され、数曲のカバー(Novi Fosiliの「Stra vremena」、Zdravko Colicの「Glavo luda」、Prljav Kazalisteの「Zaustavite zemlj」)の他はKARMA自身の手によるものとなっている。
ここでNENOとPIPIは制作から編曲にいたるアルバムのを監修を手がけているしている。
2002年の10月中旬に2ndアルバムが発表された。また、DJ向けのExtendedバージョンをメインにした限定版も発売された。

(補足)
因みに、クロアチアのUmag(ウマグ)はTennisのATP Croatia Openの開催地として有名です。
Gigi D'Agostino, Eiffel 65やMollelaが有名アーティストとして引用してるところからスロベニア同様イタリアの経済力が無視できないものと思われます。
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